第二章 交わるマイワールド
1.明日の夜、高いところで−3
結局、マンションの外階段を登り、屋上へとやって来た。柵を乗り越え、薄汚れた屋上に降り立つ。マンションの屋上なんてほぼ誰も来ないし、用途もないんだろう。マンションの中から登ってくる階段の出口と、飾り気のない柵に囲われた貯水タンクがどん、どんと置いてあるだけで、あとは何もない。屋上自体の柵もなく、縁が二十センチほどの高さになっているだけだ。風が強くて、あたしは乗り越えた階段の柵を掴む。
「さて。見えるか、のばら」
風に煽られる金髪を押さえながら、高橋が屋上の真ん中を指差す。
周りよりも明らかにも黒い何かが、ある。それはのっぺりと薄く、丸く広がり、揺らぎながら、あたしの膝くらいの高さで浮いているように見えた。
「それが、『穴』なの?」
「ああ」
「浮いてるみたいに見えるんだけど」
「浮いているが。匍匐前進すれば、下も通れるぞ。試してみるか?」
「スカートだし、遠慮しとく……。あと、ちょっと波打ってるようにも見えるんだけど」
「それは、俺が近くにいるからだな。エクソシストが傍に寄ると、魔物も見えやすくなるし、『穴』も影響を受けて揺らぐ。……そうだな、今後のためにも、少し説明をしようか」
少し考える仕草をしてから、高橋は人差し指を立てた。豆粒大の光が点る。人差し指が水平線を描くように動くと、その軌跡に光の筋が残った。
「うわあ、何これっ」
魔法のように現れたそれに、思わず仰け反る。
高橋はさらに、線の中央に短い垂線を一本加える。あたしから見て右端に矢印の先が描かれ、その下には小さな十字が付け加えられた。逆の端には小さな横棒。あ、これ、中学校に入学したばかりの頃に、数学の授業で見たような……、ああそうだ「正負の数」。
「分かりやすく、こちらの世界をプラス、『裏』をマイナスとしようか」
高橋が光の線で、小さな十字――プラス側を、大きくぐるっと囲む。
「こちらの世界に棲む俺たちは、全てプラス側の存在。逆に『裏』に棲む魔物たちは、マイナス側の存在だ」
光の点った人差し指がマイナス側へ動く。今描かれていた円はすうっと綺麗に消えた。器用だなあ、……命中率悪いくせに。
「その中央、ゼロ地点が境界線。ところで、俺たちは皆プラス側だと行ったが、境界線からの距離、すなわちどの程度プラス寄りなのかは個別に異なる。俺を含むエクソシストは」
再びプラス側に移る。一番端、ゼロから一番離れた矢印のところを、高橋は下へ軽く弾いた。浮かぶ光の線が、ゼロ地点を支えにしてシーソーのように大きく揺れる。
「この辺り。見て分かっただろうが、原点から離れた俺たちが動けば、逆側も大きく影響を受ける。俺たちは、『裏』関連の事象に影響を与えやすいということだ。順番としては、影響を与えやすいからこそエクソシストになっているというのが正しいが」
「それって生まれつき?」
「そうだな」
「ふうん。じゃあさ、高橋たち以外の、あたしたちはどの位置にいるの?」
「エクソシストではない、こちら側の大抵の存在はこの辺りだ」
言って高橋は、原点と高橋のちょうど間くらいのあたりをつついた。揺れたけれど、さっきに比べれば当然ながら揺れは小さい。
「……へえ、半分くらいなんだ」
「個別に微妙な差はあるが、こちら側に棲む存在は大体がこのあたりだろうな」
「ち……ちなみにあたしは?」
「のばらも例に漏れず、このあたり。平均と比べると少しプラス側だが」
僅かに指がプラス側へずれたけれど、それはほんの数ミリメートル程度のことで、当然、揺れ方は大して変わらない。
「……へえ……」
思わず自分の手を見る。あたしは間違いなく、一般人のようだった。……あれ、あたし、どうしてここにいて、魔物退治に連れ回されてるんだろう……。エクソシストの考えってのは全然分からない。
「話が長くなった。さて」
高橋が階段の柵から離れ、歩き出す。あたしは柵から手を離し、代わりに高橋のマントの裾を掴んで、少し後ろを慌てて追っていく。
「穴」からわずか一メートルほどまで近付いて、高橋は足を止めた。「穴」の中心を示すように、右手を斜め下へ伸ばす。その手からじわり、と白い光が滲み出す。
「『穴』を消すぞ」
「う、うん」
振り向かずに高橋が言うので、あたしはマントを掴んだまま、高橋の後ろからそっと覗き見る。
この三次元の世界で、そこだけ二次元になってしまったかのように、薄っぺらい平面が浮かぶ「穴」。厚みがないはずなのに、高橋の右手に照らされるそれは、底が見えない。
あたしは知らず、唾を飲み込んだ。
高橋が小さく息を吸う。
「では。――最終手段、」
「……って、いきなり最終手段なのかよ!」
確かにあんたのそれは、最終手段と言う名の通常攻撃だけどさあ!
「ここは高層マンションの屋上。多少大げさに光を放ったところで、俺たちの姿を認める人間はいないだろうし、雷か何かだと思われるくらいだろうから、問題ないと考えられるが」
そうだけどさあ、もう毎度のことなんだけどさあ、なんていうかさあ、……軽すぎるだろ、「最終」の価値が!
高橋は改めて息を吸った。
「最終手段、発……、あ」
その淡々とした声は、また途中で切れた。けれど今回は、あたしが遮ったわけではなくて。
「どうしたの高橋?」
「魔物が出る、のばら、下がれ!」
不意に、高橋が大きな声を出した。高橋の左手が、あたしの前に広げられる。
「ええ!?」
そんなことを突然言われたって、すぐに動けるはずがない。
「下がれって、……ぎゃああ!」
何にも触れていないはずの手に、ぱちり、と強い静電気のような感覚。
目の前の「穴」が揺らぎ、一瞬、あたしたちを呑みこんだ。呑みこみ、貫くほど、漆黒の平面がその面積をぶちまけ、あたしたちをすり抜けて巨大な影が、飛び出した。風、圧力が身体を、喉を、髪を巻き上げる。夜空に飛び上がったその姿は。
「クジラ!」
「ミラか」
あたしはでっかい哺乳類の名を叫び、高橋はよく分かんないけど多分その魔物の名を口にする。
撒き散らされた飛沫のようなものが、地上の鮮やかな光を受け、色づきながら輝く。それに彩られ、冬の夜空を背景に、濡れた真っ黒なクジラ――ミラの身体が高いところで制止する。
深い色をした目が世界を映す。けれどその目に、あたしは映っていないんじゃないだろうか。それくらい大きな目、大きなクジラ、大きな存在。押しつぶされそうなほど大きいのに、悠久を超えるクジラはあまりにも、美しい。
一瞬が何秒にも、何時間にも感じられる。そして……。
落ちた。
あたしたちをすり抜け、ぽすんと、特に音も衝撃もなく、派手に飛び出したミラはマンションの屋上に落ちた。
そして、打ち上げられた魚よろしく、ぴちぴちとその場ではねるクジラ。
派手に飛び出したくせに、後が全く続かなかった。
「……えーと、高橋、これは……」
「ミラというクジラの魔物だ。『穴』に干渉したことでより境界が不安定になり、出てきてしまったようだな」
「そ、そうなんだ……」
妙に冷静な高橋の解説を聞いて、あたしの身体の力は一気に抜けた。突然大きな声で「下がれ」とか言うから、びっくりしたじゃん、もう……。
「まあ、ミラでよかった、というところだ。はい『最終手段』」
高橋がミラに向かって――とは言ってもミラは屋上を占領するくらい大きくて、あたしたちもすり抜けてミラの中にいるわけだから恐らく向きは適当なんだろうけど、右手を向ける。右手が再び光を宿し、今度はあっさりと、そこから眩い光が弾けて広がった。思わず目を瞑る。すぐに瞑ったはずなのに、まぶたの裏に残像がしっかり残って痛いくらいの光だった。
「要するにこれはクジラだから、出てきたところで、陸上では何の脅威にもならない。迷い込んできた、少し運が悪いだけの魔物だ」
恐る恐る目を開けると、すでに光は収まっていて、高橋はその右手をぶらぶらと揺らしていた。
「ただ、時として、やっかいな魔物が出てくることもある」
「……え、ちょっと、そんな物騒なの、困るんだけど!?」
なんだか不穏なことを言われて、あたしは思わず言う。こいつ、また神の使いがどうこう言って、あたしに何かさせる気か!
けれど返事は、思っていた通りのものではなかった。
「ああ、その時は俺が何とかするから」
「……へっ?」
突然高橋がまともな、そして頼りになりそうなことを言うから、拍子抜けしてしまう。ぽかんと口を開けていると、右手を下ろして、高橋が口を開いた。
「ここ数日、のばらと行動を共にしているうちに、お前は俺のように『裏』からの距離が離れた人間ではないのだということが分かった。どうやらお前は神の使いではあるが、魔物を退治するような事例にはあまり向いていないのだな」
「う、うん。……ってそもそも神の使いじゃないけどな!」
危ない、高橋がそんなことを言い出すから、うっかり発言の全部を認めてしまうところだった。あてはまっているのは後半だけだ。
「まあそれは置いておいて、とにかく、のばらに協力してもらっているこの状況は、お前に無理を強いているのではないかと思い当たったんだ」
「はい……?」
「俺は日本の様々なことについて不慣れだから、任務を遂行する上で、やはり神の使いであるのばらには協力を願いたい。ただ、魔物に関する事態については、俺が出来る限り対処しようと考えるに至った。そういうことだ」
そこで話は終わったらしい。高橋が再び右手をぶらぶらと降り始めたところで、あたしはやっとそのことに気付いた。口はぽかんと開いたままだった。
「……う、うん、分かった。神の使いじゃないけど」
頷いて、あとは頭の中に唯一あったそれだけをとにかく付け加えた。
どうやら、最初からずっと繰り返し続けていたあたしの主張は、三割ほどは認められていたらしい。表情を変えないくせに、いつの間にか高橋もその事実に気付いていたようだった。うん、よかった。まだ諸悪の根源である「神の使い」の勘違いが解決していないのが不満といえば不満だけど、間違いなく高橋の中であたしは、一般人に限りなく近いところにカテゴライズしてもらえている。
……。
それが正しい、そして何度も訂正してきたあたしとしては嬉しいことのはずなのに。あたしはどうやったって右手から何も出ないし、魔物退治をして世界の平和を守るようなことはできないし、しようとも思わないのに。なんとなく釈然としない思いが残る。何だろう、これは。
「……ねえ高橋」
よく分からないまま、あたしは高橋の名を呼んだ。
「何だ?」
「高橋は、どうして世界の平和を守ってるの?」
それを聞きたいと思って口に出したのではなくて、何か、ぽろっと唇から言葉が転がった。言い終えてから、自分の言葉に、あれ、と思う。何を聞いているんだろう、あたし。
けれど高橋は、あたしの突然の質問に、特に戸惑う様子はなかった。相変わらず変わらない表情のまま、「突然だな」とだけ言って、口元に軽く曲げた指を当て、宙を見る。
「どうして、か。きっかけという意味なら、こういう体質で生まれたからだろうな」
生まれつきだから、そう決まってしまっていることだから、仕方なく仕事をしているんだろうか。どう尋ねようかと思って高橋の顔を見ていると、先に高橋が息を吐き、口を開いた。
「しかしそういうことが聞きたいのではないのだろう? そうだな、……言いようは様々にあるだろうが、ただ、まとめると、俺は俺の世界を守っているにすぎないだろうな」
「高橋の世界?」
「俺の目に入り、耳に入り、俺の身体と頭が把握できて関連できる範囲の世界。お前だって、例えばお前の目の前で友人が困っていれば、何らかの行動をとるだろう」
「それはまあ、そう……だろうけど」
「俺の見える範囲で缶が転がっていたらごみ箱に入れるだろうし、お年寄りがいたら優先座席を譲るし、魔物がいたら『裏』へ返すし、『穴』が開いていたら消す。その中で『裏』関連の事象については、俺の世界を守ることが世界を守ることに特に繋がっているから、そう言ったというだけだな。超人ではないから残念ながら俺の世界以外は守れないし、そんなに大したことじゃない」
「ふうん……」
なんだか妙な言い方をされた気がする。
高橋の世界、……あたしの世界か。
高橋が高橋の世界を守るのなら、――あたしはあたしの世界を守るんだろうか?
手の中からマントがするりと抜けた。「超人ではないから」なんて言ってたけど、あたしから見れば十分超人な高橋が、身体を横に向けていた。
「さて、次はあそこか」
声を聞いて、あたしも高橋が向いている方向を見た。国道に背を向けて、守本中学校を正面に。ついでに首をぶるぶると振って、よく分からない思いは頭から抜いた。……うん、そうだ、とにかく今はさっさとこれを終わらせてとっとと家に帰って、ぱっぱと宿題に手をつけるのが先だ!
「中学校?」
「いや、その向こうだ」
中学校の後ろに見えるのは、三本の、薄い煙を吐き出す煙突。毎日通学の時に横を通る、製紙工場だ。
高橋が目を細める。
「一番右の煙突の頂に」
あたしも真似してみたけど、さっぱり見えない。見える方がおかしいんだろうけど。
それにしても、
「また高くて、しかもますますどうやって行くか分からない場所に……」
あの煙突は、マンションの屋上よりもさらに高い。工場の煙突なんてどこからどうやって登ればいいんだろう、マンションじゃあるまいし。はしごとか付いてるのかな……できたら登りたくないなあ、それ。
少しの間首を傾げていた高橋は、やがて口を開いた。
「仕方がない」
そしてあたしの方をくるりと向き、すっと近付く。何だろう、と思っていると、高橋の手が伸びてきた。あたしの腰に。
……って、いや、ちょっとちょっと!?
「何、高は、へえっ!?」
身体が浮き上がる。見えなかった高橋の頭のてっぺんが見えるところまで、ひょいっ、と。そのまま抱えられ、あたしのお腹が肩に乗せられてて、頭が高橋の背中側、足が高橋のお腹側。
担がれた。
「……っちょ、何してんの、何すんのよ高橋――!」
花の女子中学生を、抱くならまだしも、担ぐって何事!?
「舌を噛むから、喋らない方がいいぞ。あと、カバンを落とさないように」
「はぁっ!? 何を」
「飛ぶ」
その短い二文字すら言い終わる前に、たん、と軽く高橋が屋上を蹴った。
高橋の肩があたしのお腹を圧し、景色はあたしの前斜め下へ流れ、身体は後ろ斜め上へ持ち上げられる。遠くなる。動きの一拍遅れたカバンに手を引っ張られ、肘に強烈な違和感。
浮遊する。瞬きを忘れた目が、冷たい空気でからっからに乾かされる。
あっという間に、さっきまでいたはずのマンションの屋上は遥か下へさよならしていた。
「飛、ぶ、って」
後ろ斜め上への加速を受けた脳が、同じ言葉を繰り返す。そうしてやっと、おいて行かれていたあたしの頭は現状をはじき出した。
「飛ぶって何、何ぃいい――!?」
確かに高橋は、この前は空から降ってきたし、今日もあたしの頭上をふわっと飛んで着地してたから、飛べるんだってことは知ってるんだけど! でも、それに自分も巻き込まれて冷静でいられるほどあたしは大人じゃないしそんな大人の階段は登りたくない!
「なんで飛んでるのよぉおー!」
「自分で言っておいて何だが、飛んでいるというのは正しくないな」
流れる景色の角度が緩やかになり、ゼロになる。斜め上へ飛んでいたあたしたちは、地面に引かれ、ゆっくりと、斜め下へ。
「正確には違うが、分かりやすく言うなら、重力が小さくなっている。だから、ずっとは飛んでいられない。限界まで軽くなったって、いつかは地面に落ちる。そういうものだ、残念ながら」
「しっ、仕組みを聞いてるわけじゃないんだけどぉぉぉ、落ちてる、落ちてる――!」
「そうだな、落ちてるな」
そうだな落ちてるな、じゃねえよ馬鹿ー!
下へ加速する、という日常ではありえない恐怖に叫ぶ。さっきまでその屋上にいたマンションがあたしの正面に見えてるんだけど、目の追いつかないような速さで、明かりのついた窓が上へ流れていく。
高橋の肩に手を置いて、あたしの後ろ、つまり進む方向をなんとかして見やる。落ちる先に、細い電柱が見えた。
高橋の足が、ふわりと電柱のてっぺんを踏んだ。一旦沈んだ身体が、がくりと下へ揺り動かされる。今度は高くは飛ばない。マンションへ行くときに通った、静かな住宅街の道に立つ三十メートル間隔の電柱を、弾むように次々に踏み、距離をすっ飛ばして行く。景色がふっとんでいく。その度にカバンが暴れるので、あたしは紐じゃなくてカバン本体を抱える。
目の前にはすでに、見慣れた守本中学校が迫っている。その真っ直ぐ向こうに、「製紙工場の右の煙突」。
中学校直前の電柱を踏み、飛び上がる。あたしは生まれて初めて、守本中学校をこの目で上から見下ろした。明かりも消えた校舎。生徒は入れない屋上の柵へ、高橋が足を伸ばす。
ふと、高橋が右を向いた。それは僅かな時間のことで、次の瞬間、柵に着いた脚は深く沈みこみ、思い切り、跳んだ。
高く舞い上がる。寒い風も、何かも、置き去りにして。
高い、高い、高い! 浮いている。減速しない。ふわりと、浮きながら上がっていく。
目の前の右の煙突も、真ん中の煙突も左の煙突も、登っていく。
先が見えた。その先に待つ、ぺらぺらの暗闇も。
「最終手段」
高橋が右手を伸ばす。ぐわん、と「穴」が揺らぐ。
「――発動!」
こんなに晴れているのに、この数分の間に二回も「雷」を見た光原市民はびっくりするんじゃないかな……。あたしは目を瞑って思う。
身体が落ち始める。マンションよりももっと高いところからだからか、浮かぶような優しい降り方。
やがて、飛びっ放しだった身体が、ようやく地面に着いた。
工場の正門前に、きちんと足から着地した高橋の腕から、あたしは飛び降りる。今更、膝が笑ってる。制服がくしゃくしゃだ。
飛びっ放しと言いつつ、その時間は五分もなかったと思うんだけど、……ああ、疲れた……どっと疲れた……。これじゃあ帰っても、宿題をする元気がないんじゃないだろうか。まずい。
「何をするかくらい先に教えてよね……、高橋?」
口をとがらせながら元凶の顔を見ると、高橋はあたしとは違う方向を見ていた。視線を辿ると、その先には、また守本中学校。
うげ、これは、
「もしかして、もう一つ?」
飛んだし、疲れたし、そろそろ帰りたいんだけどなあ……。
「……のばら、あの中学校、誰もいないはずだな?」
高橋が顔を向けたまま言う。
「いないんじゃないの? 真っ暗だったし……」
「何かがいた」
そう言って、広い歩幅で歩き出す。
……何か、って何!?
「ちょ、ちょっと待ってよ高橋ー!」
妙なことだけ言い残して先に行くなんて、やめてよ怖いってば!
あたしは駆け足で高橋の後を追う。結局。